某年某月某日。某氏より耳よりな話しがあった。いま一部で人気のキッチン家電のデザインをしてみないか、というお誘いであった。携帯電話や家電製品の分野にデザインが導入され、面白いことになっているのは承知していたが、グラフィック専業の当社にこなせるのか。課題は、小鍋、スチーマー、ケトル。すべては食事を楽しむためのツールである。これらに新しい付加価値を与えることができるか。
古今東西のデザインをひもといた。
湯沸かし器に電気が組み込まれる前の鉄瓶。どっしりして、愛嬌がある。それに比べていま台所にあるジャーポットのなんと味気ないこと。
腰を低目に構えて、どっしりしているのは、東西共通しているが、様相はだいぶ違う。西洋の方が、曲線美で幸麗。これは、彼我の体型の差を反映しているのかな。
1919年から1933年まで、たった14年しかこの世に存在しなかったドイツワイマールの総合造形学校。現代デザインは、この偉大な先輩を追い越せるか。
過剰な装飾を排してどこまでもシンプル。かつ表情はリッチ。ストレスに疲れた日本人の心を癒してくれるのは、やはりこれかな。
北欧に惹かれながらも、私たちの事務所には原理主義的で敷居が高い。それに比べてイタリアは自由で遊び心がある。こっちで行こう。
ディレクターが、ダメを出す。デザイナーが、またラフスケッチを描く。支援チームが、会社の大きな会議机を臨時のキッチンに見立てて、湯を沸かす。野菜にスチームを通す。鍋物やラーメンをつくる。コンペティターや普通の調理器具を使って、実際の使い勝手、大きさ、調理時間などを想定していく。こんな作業が3ヶ月近く続いただろうか。ある日、突然、卓上に置かれた紅茶用の茶こしが目に入った。コイツの把手を摘んで、ひっくりかえすと・・・。
アンティーク屋さんで買った、英国マッピン&ウェッブ社製のティー・ストレーナー(茶こし)がヒントになった。丸い帽子を被った「宇宙船」のようなシェープを統一テーマに出来ないか。
デザインのイメージが固まってきたところで、この家電シリーズのコンセプトを改めて考えてみる。ターゲットは若いカップルか団塊の世代以降の中高年カップル。所得は比較的高く、生活のなかに美を求めるタイプ。外国製の家具や生活雑貨を買っている。料理は決して嫌いではないが、簡単調理や友達と一緒に食卓を囲むのが好き、といった人々の姿が目に浮ぶ。オン・ザ・テーブル。机の上でたのしく、おいしく、生活を楽しむこと。
プラスチックとステンレス。白と銀。この組合わせの精度をどこまで上げていかれるか。基本的なシェープが決まり、それを手によって模型につくり、正直なところほっとした。次のステップは、工場の都合やコストを考えながら、素材と色を決めていく。悩みつつ、楽しみつつ作業を進める。
コンピューターによるワイヤーフレームは、我ながらカッコいい。私達の初めてのプロダクト・デザインが、この後どんな展開をみせるか。それが楽しみだ。
株式会社中塚大輔広告事務所
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代表取締役 クリエイティブ・ディレクター 中塚吐夢 取締役 アート・ディレクター 松田澄子 プロデューサー 中塚万次郎 グラフィック・デザイナー 宮澤知里
グラフィック・デザイナー 佐久間祐子 顧問 中塚大輔 顧問 中塚純子 参考書籍: 日本のかたち(ピエブックス)、The Encyclopedia of Collectibles(Time Life)、
Bauhaus(Taschen)、The Danish Silversmith(G.Jensen)、Phaidon Design Classic Vol.3(Phaidon)、Il Mode Italiano(Skira) 協力: 3DCG 沖乃綿哉 ウェブデザイナー 小林けい